2023年12月31日

来年2月に 本を出すことになりました。

 

 

2023年度 科研費研究成果公開費(学術図書)の助成を受け,株式会社くろしお出版の皆さまのご協力を得て,刊行が実現しました。

 

 

「学術図書」の種目に応募するためには,申請書類提出時に,調書と一緒に本の原稿を提出する必要があります。今後応募される方の参考になるかもしれないので,本の執筆から刊行に至るまでのスケジュールを簡単に書いておきます。

 

 

 

 

2021年1月:本の構想案を出版社に相談。

      担当の方から,「本の構想自体は面白い。しかし,学術的なコンテンツを扱う本(=読者が限定される本)は市販性が見込めないの

      で,科研費研究成果公開費に応募してはどうか」と提案される。この提案がきっかけで,再来年度の科研費研究成果公開費(学術図

      書)に応募することを決断。応募までのおおよそのタイムラインを決める。

 

2021年1月:執筆を開始。 隙間時間を見つけてコツコツと書き進める。

 

2022年6月:原稿が完成。 分量はA4サイズ 280ページ(参考文献,索引を含む)。

 

2022年7月:科研費研究成果公開費(学術図書)の申請書の執筆を開始。神戸大学URAの研究員の方の助言をいただいて,何度も書き直す。

     (本学URAには,非常に優秀な研究員が在籍しており,優れた研究計画書の書き方にも精通しておられます。

      本当に有益なコメントをいただくことができました)

 

2022年9月:科研費研究成果公開費(学術図書)の申請書が完成。出版社の方に見積書の作成を依頼。

      全ての書類を揃え,原稿のPDFファイルとともに申請書を提出。

 

2023年3月末:2023年度科研費研究成果公開費(学術図書)に採択されたとの通知が届く。

 

2023年5月〜7月:助成金をいただくための諸々の手続きを開始。

        (大学本部+著者+出版社の3社での契約が必要となります。手続きの方法や期限などに注意されてください)

 

2023年11月上旬:出版社から初校が届く。

        

2023年12月 3日:初校戻し。いくつかの変更点を依頼。

 

2023年12月18日:出版社から第2校が届く。 

        

2023年12月23日:第2校戻し。この段階になって誤植が見つかるケースがある。いくつかの変更点を依頼。

 

2023年12月29日:出版社から第3校が届く。

         当初の予定では,紙の印刷は第2校で終了であったが,出版社のご配慮で第3校も紙媒体でのチェックが可能となる。

 

2023年12月31日:大晦日であるが,引きこもって第3校のチェック。第3校戻し。

 

2024年 2月20日:刊行予定

 

 

というような流れになります。

 

 

振り返れば,執筆を開始したのが今から約3年前のことになります。 本を書こうと思ったのは,その年に1冊目の本が出て,読者の方の間で割と評判が良かったこと(Amazonのコメントなど)もありますが,自分の年齢や,自分を取り巻く環境の変化などの理由で,「私はもっと本気で人生の残り時間を使わなくてはいけない」と思ったことが大きな要因だったように思います。 学生時代にお世話になっていた恩師の先生の死も決断の背景にあったかもしれません。 あれだけ活躍してたくさんの本を世に送り出していた先生が一瞬にしていなくなる。 本当に,人って簡単にいなくなるんですね。 その時私は初めて,人生が有限であること,自分が若くて体力があって研究ができたり教壇に立てたりする時間は意外と短いのではないかと感じたのでした。 先人が世に送り出してくださった本を読んで「勉強になった」「ためになった」と喜んでいるだけでいいのか。「こんなことしてる場合じゃない」という思いが転換点になったように思います。

 

 

こうした経緯について,自分の中でもあまり意識していませんでしたが,こうやって言語化することで,「人生の残り時間に気づいて焦る自分」がいたことに改めて気づくことができました。 文字の力,言語化することの力ってやはりすごいですね。 無意識下にあるものを意識レベルに引き上げる力。 だから書くことは大切なのだと思います。 この度刊行する本のタイトルは,『書く力の発達:第二言語ライティングと第二言語習得の融合に向けて』(くろしお出版)です。 幅広い読者の方々にご高覧いただければ光栄です。

 

 

 

 

 

 

 

2023年12月15日

2023年度前期に担当した授業「Academic English Literacy」で「全学教育ベストティーチャー賞 高い評価を受けた教員」に選んでいただきました。

 

 

Academic English Literacyという授業は,学部1年生を対象とした必修授業で,主に読み書きを中心とした英語によるリテラシーを高めることを目的としています。私の授業では,「リテラシー」を,読み書き能力を超えたより高次元の能力と捉え,自分とは異なる価値観の存在を知り,多様な文化・社会を理解しようとする能力と定義づけた上で,現代英語を通して多様な価値観に触れる機会を提供することを目指しています。特定の教科書は使用せず,世界で起きている最新のニュースを教材として使用し,real-life Englishを学びながら,「ふーん,そんな考え方もあるんですね」とか「日本ではそういう伝え方はされてないよね」というように,英語を通して新しい気づきが得られるようなタスクをデザインしています。

 

 

世界では毎日いろいろな出来事が起きていて,それがメディアを通して私たちに届き,メディアの言葉を通して私たちは世界の現象を「知る」ことになります。しかし,その伝え方は,メディアによる言葉の選択に少なからず制約を受けているように思います。書き手や話し手が用いる言語のチョイスやストーリーの作り方が,読み手や聞き手への伝わり方,解釈の仕方に影響を及ぼしているということです。同じニュースが,国内で日本語で伝えられる場合と,諸外国で英語で伝えられる場合とで,伝わり方,感じ方が全然違うことを視聴者として感じることが多々あります。英語がわかることで,入ってくる情報量が全然違うということも。

 

 

もう一つの言語を知るということは,もう一つの考え方を自分の中に備えるということなのだと思います。英語を学ぶ意味や意義は,たぶんそこにあるのではないかなと思っているのです。テストで高スコアを取ったり良い成績を取ったりすることも,もちろん大事なことですが,それは通過点に過ぎないのではないかと。自分の中に,現象を理解するための「ものさし」が増えることは,より俯瞰的に物事を観察することを可能にし,それは所属するコミュニティの縛りや制約からの解放につながり,「生きやすさ」につながっていくような気がします。英語を学びながら,多様な価値観を知り,言葉のチョイスの重みを知り,そして自分の中にもう一つの「ものさし」を増やしてほしい。きれいごとに聞こえるかもしれないのですが,結構本気でそんなことを思って日々の授業のデザインに取り組んでいます。

 

 

学生が高い評価をしてくれたのは,私の授業が「楽単(ラクタン)」(「楽に単位が取れる」という意味らしい)だからではなく,この思いが少なからず伝わったからだと思いたいところです。

 

 

 

 

2023年11月6日(月)

この11月に論文1本とブックレビュー1本が刊行されます。

 

 

いつものことではありますが,論文 (full original article) の方は,submissionからpublicationから約1年半ほどかかりました。 その間,reviewersの先生方からは自分では気づかない新しい視点から様々な有益なコメントをいただきました。

グサリと心を突き刺されるような感覚になることもありましたが,1つ1つのコメントを丁寧に読ませていただき,できる限り修正版に反映させてきたつもりです。 

 

 

もし書き直さないまま,初稿が世に出てしまっていたらどうなっていたことだろう...と思います。 やはり,論文のクオリティを担保するためには査読システムは欠かせないものなのだろうと思います。 自分も査読を担当することが増えてきましたが,この仕事をボランティアで引き受けてくださっている先生方には,改めて本当に頭が下がる思いです。 報酬とか名声とかそういった個別の問題には触れずに,「新しい知の創造」のためにスポットライトの当たらない場所で地道にがんばっている研究者が存在しているからこそ,学問の発展があるということなのですね。 多くのreviewersの方々,そしてeditorの方からのサポートがあって無事刊行された論文になります。 読んでいただければ嬉しく思います。

 

 

Yasuda, S. (2023). What does it mean to construct an argument in academic writing? A synthesis of English for general academic purposes and English for specific academic purposes perspectives. Journal of English for Academic Purposes, 66, 1-11. 

 

 

Yasuda, S. (2023). Genre Explained: Frequently Asked Questions and Answers about Genre-based Instruction. Christine, M. Tardy, Nigel, A. Caplan, and Ann. M. Johns. University of Michigan Press, 2023. P. xiii + 136.  TESOL Quarterly, 67, 1-3.  (Invited book review)  

 

2023年10月7日(土)

小児科医の先生方が集う学会,第64回日本先天代謝異常学会総会・第19回アジア先天代謝異常症シンポジウムにて,「英語論文の読み方・書き方」というタイトルで教育講演を担当させていただきました。

 

 

2年前にも小児科医の先生方が集う研究会で同様の内容でセミナーを担当させていただいたのですが,その時のご縁から,今回の教育講演に招聘いただくことになりました。

 

 

全くの異分野からの参加でアウェイ感が大きく,自分がこんなところで講演などして大丈夫なのだろうかと心配と不安でいっぱいだったのですが,皆様に温かく迎えていただき,安心していつも通りの調子でお話することができました。講演後には感謝状までいただき,恐縮の限りですが,自分の研究内容がこうして医学界の先生方のご研究に少しでもお役に立ったのであれば,こんなに嬉しいことはありません。

 

 

日本先天代謝異常学会は,学会の名称が示す通り,生まれてくる前にすでに病気の状態の存在が確認されている(先天性)小児の希少疾患を扱う学会なのだそうです。先生方のお話によると,希少疾患だけに(●万人に一人くらい),その認知度の低さから分野としてこれまであまり大きく注目されることはなく,学会に参加する製薬会社もほんの数社だったそうです。しかし,ここ数年で状況が変わり,この分野に参入する製薬会社の数も大幅に増加したとのことでした。

 

 

このような経緯もあり,小児の希少疾患に関しては,わかっていることよりも「まだ解明されていないこと」の方が大部分なのですよ,とある先生がお話されていました。

 

 

先生方のお話をお聞きしながら,「まだ解明されていないこと」の方が多い希少疾患を持つお子さんを育てるご家族の気持ちに思いを馳せました。確定診断が得られない,治療法がわからない,社会から理解が得られない...ということから生じる苦悩はどれほどのものでしょうか。私は医師ではありませんので,そのような疾患を治すことはできませんが,「先生方の研究内容の発信を支援する」という形で,微力ながら間接的により良い治療環境の実現に向けて貢献していければという気持ちになりました。

 

 

 

2023年3月18日(土)

 

学術英語学会 x JACETライティング指導研究会 共催セミナーで,「エッセイというジャンルについて再考する:思考力と表現力を育てるライティング指導のヒント」というタイトルで,講演をさせていただきました。

 

 

この共催セミナーは,「高・大・院の接続を見据えた第二言語ライティング教育」というテーマのもと,長期的な書き手の育成のあり方,エッセイライティングからリサーチペーパーへの接続のあり方について考える機会を提供すべく企画されたものです。

 

 

実践報告をしてくださった大年順子先生(岡山大学)と藤岡真由美先生(大阪公立大学)からは主に「大学から大学院への接続」,私からは主に「高等学校から大学への接続」に焦点を当てたお話をさせていただきました。

 

 

100名近くの方々がご参加くださり,このテーマについて関心をお持ちの先生方が少なくないことを知ることができました。たくさんの有益なコメントや質問をいただき,とても有意義な時間を過ごすことができました。

 

 

貴重な週末の時間を割いてご参加くださった先生方,ありがとうございました。

 

 

 

 

2023年2月15日(水)

3年間指導を担当させていただいた博士課程後期3年の西条正樹さんのディフェンスが行われました。

 

 

博士論文題目:Coaching discourse and linguistic resources for player-centered training: A case study of three professional football coaches

 

 

フットボールのトレーニング場面における指導者 (N = 3) の発話を録音し,修正版グランデッドセオリー (M-GTA) の手法を用いて,コーチングの談話構造と言語的特徴を詳細に記述した事例研究です。

 

 

特定場面における談話構造や言語的特徴についての研究は,ESP研究やジャンル研究で広く行われてきていますが,「フットボールのコーチング」という領域に焦点を当てたものは,知る限りほとんど実施されていません。西条さんの博士論文研究は,スポーツの指導場面における談話構造と言語的特徴を分類し可視化したという点に新規性と独創性があります。

 

 

この博士論文研究で,西条さんは,フットボールの指導者(英語母語話者)がトレーニング場面で用いる発話を抽出し,それぞれの機能を目的別に分類することを試みました。抽出した発話機能は,Questioning for self-reflection, Showing agreement & disagreement, Proposing, Commands, Promoting engagement, Hedging ... といった概念名で説明されています。

 

 

昨今,フットボールの人気の高まりとともに選手のプレー技術もどんどん高くなる中で,活躍の場を海外に移すフットボール選手や指導者が増えていると聞きます。スポーツ系の大学でも,フットボール留学を視野に入れて大学に入学する学生が増えているそうです。西条さんの研究は,もともとは,こうした海外を目指すフットボール選手や指導者の英語教育支援を究極の目的としてデザインされたものです。

 

 

Ken Hyland先生が2005年に作成したメタディスコースマーカーの分類が,海外の大学・大学院で学ぶことを目指す多くの留学生を助けることにつながったのと同様に,西条さんが作成したフットボール指導場面における使用言語の分類が,海外を目指す選手や指導者を支援することにつながることを期待していますし,そうなることを読者の一人として確信しています。西条さんの研究と今後の教育実践によって,新しい人材が世界で活躍していくことになると思うと,わくわくしますし,そのような夢のある研究に携われたことを誇りに思います。

 

 

西条さん,博士号の取得おめでとうございます。素晴らしいコミティの一員となってくださったTim Greer先生,外部審査委員を務めてくださった梅崎高行先生,ありがとうございました。