2021年12月30日(木)

日本語教育学会 学会誌『日本語教育』180号に論文が掲載されました。

 

 

保田幸子・梓楨(2021)「ライティングセンターにおける文章執筆支援 ーチューターと書き手双方の視点からー」『日本語教育』180号 17-32

 

 

授業外で書くことを支援するライティングセンターは,北米の大学から始まったものですが,昨今,日本の大学でも,文章執筆支援の新しい形態としてライティングセンターへの関心が高まっています。

 

 

本研究では,ライティングセンターで読み手(チューター)と書き手(留学生)がどのような対話を行い,その対話を通して書き手としてどのように変化・成長していくかを報告しています。 インタビューの逐語録を修正版グラウンデッドセオリーアプローチ(M-GTA)を用いて分析した結果,重要なキーワードが浮かび上がりました。「自身の思考への気づき」,「考えているのに書いていないことへの気づき」,そして「学び方の学びほぐし」といったものです。 

 

 

学生のレポートの中の「悪文」の典型例として挙げられるのが,「指示語の内容が不明」,「前後の文の関係が不明」,また「一文の中に複数の動詞があり,それぞれの主語が混在している(一文が長すぎて何がどうしたのかが不明)」という点があると思います。 なぜこのような悪文が産出されるのか? 様々な原因が考えられますが,大きな原因の一つとして,文章のつながりや自分の考えを精査せずに,また,読み手がどんな人でどんな情報を共有しているかを意識せずに,思いついた順で急いで書いているということがあると思います。 大学生の多くはスマホで文章を書いていますが,文章を送り合うのは友達や家族など「親密圏」の人々で,親密圏であるがゆえに,行間を読んでもらうことができます。 しかし,大学で書くレポートの読み手は,大学の先生など「公共圏」の人々です。 公共圏の読み手にとって,学生が何を伝えようとしているのかその行間を読み取ることは簡単なことではありません。 つまり,上述したような悪文を書かないようにするための一つの解決法としては,「読み手を意識して書く」ということがあるのではないでしょうか。 読み手がどんな人で,自分のことをどのくらい理解しており,自分の考えを理解してもらうためにはどんなことをどんな順番で書かなければならないか,こうしたことに十分気を配って書くことで,文章は改善していく可能性があるのではないかと。 「読み手を設定する」と言い換えることができるかもしれません。 悪文の背景には,読み手をうまく設定できずに,限られた時間で急いで書いている現状があるのではないかと推測しています。

 

 

ライティングセンターでの対話に着目した本論文では,文章は書き手によって産出されるが,その過程で「読み手との対話」が不可欠であることを報告しています。 

 

 

 

2021年11月30日(火)

 

コロナ禍の中,約2年かけてコツコツと執筆を続けてきた本が,この度,無事に刊行されることになりました。

 

 

保田幸子(2021)  『英語科学論文をどう書くか ー新しいスタンダードー』ひつじ書房

 

 

初めて英語論文を書く方にも分かりやすい文章を心がけて書きました。

 

 

また,「論文はこう書くべき」という書き方についての解説だけではなく,なぜそのような規範が生まれたのか,書き方の規範が時代とともにどのように変化してきたのかといった通時的な文体分析に関する説明も加えました。

 

 

イラストレーターの萱島雄太さんが描いてくださった素敵な挿絵,ブックデザイナーの春田ゆかりさんが考案してくださったカバーのデザインもお楽しみください。 こちらのリクエスト通りの作品を生み出してくださり,本に大きな付加価値をつけてくださったアーティストさんたちです。 

 

 

最後に,ひつじ書房の相川奈穂さんには,構想・企画の段階から刊行に至るまでの2年間,本当にお世話になりました。 いつも読み手の視点に立って建設的なコメントをくださるプロの編集者さんです。 この本が読者の皆さんにとって分かりやすい内容になっているとすれば,それはひとえに相川さんのおかげです。

 

 

このような温かいサポートの輪の中で生まれた本書が,多くの方々の手に届き,お役に立てることを願っています。

 

 

 

 

2021年10月8日(金)

後期がスタートし,一週目が無事に終わりました。

 

 

コロナ感染拡大防止の観点から,今学期も遠隔授業となり,初回授業はZoomを使ったリアルタイム型で実施しました。

 

 

Zoomというツールを使い始めて約1年半。 大体の機能は使いこなせるようになってきましたが,学生さんとの距離感がうまくつかめなかったり,自分の姿や発話が逐一モニターされているような心理的プレッシャーがあったりで,恥ずかしながら,初めて教壇に立ったときと同じレベルの緊張感と戦いながら授業を進めています。 初回授業の前日は朝方まで眠れなかったり,授業前はお弁当が食べられなかったり,直前は何度もトイレにいったり,喉がカラカラで90分の間にいろはす(ミネラルウオーター)を2本飲み干したり... という状況で,どんだけ緊張してるねん!とツッコミを入れられてもおかしくない状況でした。

 

 

もともと人前で話すのが苦手で,先生を目指したのは,そのような自分を変えることができるのではないかと思ったから。 教師歴は留学期間を除くと20年ほどになるでしょうか。 たぶん昔の私を知っている人は,私がこんなに堂々と教室で(人前で)話している姿を見たら驚くのではないかなと思います。 変わることができたのはひとえにこれまで出会った学生さんのおかげ。 本当に,若手の頃から今までいろいろな学生さんに育ててもらいました。 しかし,Zoomによる遠隔授業に切り替わったことで,そんな自分が昔の自分に戻ったかのような状態です。 でも,結局は,人間の根幹的な部分ってそんなに大きくは変わらないということもしれませんね。

 

 

こんなふうに,コロナによる生活環境の変貌は,大学の中堅教員の心理状況や業務にも影響を与えています。 学生のみなさんもきっと同じような状況ではないかと思います。 Zoom授業で突然指名されたら想定外の方向から矢が飛んできたような衝撃がありますよね,たぶん教室のとき以上に。 共に乗り越えていきましょう。 来週のZoom授業もたぶん緊張の連続です。 大学内の自動販売機でいろはす(ミネラルウオーター)を5本ほど購入しておきました。 前期は確か90円だったはずですが100円に上がってました(まあ別にいいのですが)。

 

 

 

 

 

 

2021年9月24日(金)

福井大学医学部の先生方,大学院生を対象としたセミナーで講師を務めさせていただきました。

 

 

 

福井大学医学図書館主催のイベントで,2017年から毎年講師を務めさせていただいており,今回で4度目になります。

 

 

 

今回は,オンライン開催となり,福井大学を訪問することができず,残念でした。でも,参加された先生方の視点に立ちますと,オンラインの方が画面が見やすく,周りを気にせずに話に集中できたり,何より,場所を問わずどこからでも参加できるという点で,メリットの方が大きかったのではないかと思います。 出張先や診療先からご参加くださった先生もいらっしゃったようで,貴重な時間を割いてご参加くださったことを嬉しく思っています。

 

 

 

せっかく毎年呼んでいただいているので,このセミナーの内容が,先生方・大学院生の方々の英語論文執筆,そして論文アクセプトに繋がっていれば良いなと思っています。

 

 

 

自分の関心は,第二言語ライティング,ジャンル分析なのですが,この分野で研究成果を出すことだけで満足せず(まだ十分にあげられていないのですが),得られた成果を,それを必要としている人々への支援に還元していくことを目指したいと常々考えています。 コロナ感染拡大で日々命がけで戦っておられる医療従事者の方々を前に,自分は医療には携われないけれども,ライティング支援という形で役に立てるのだとすれば最大限この領域で頑張らなくてはという思いを強くしました。 福井大学医学部のみなさま,医学図書館の清水さん,今回もありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

2021年9月11日(土)

学術英語学会 第7回研究大会(オンライン開催)で発表を行いました.

 

 

保田幸子 (2021) 「科学論文における主観と客観:論文の文体分析からみるディスコースの通事的変化」学術英語学会 2021年9月11日(土)

 

 

この研究では,(i) 科学論文の書き方に関する様々な通説(一人称は使わない,主観は入れずに客観的事実のみを書く)がいつどのようにして生まれたのかを調査するために,Philosophical Transactions(現存する最古の学術雑誌 1665年刊行)に収録された論文の文体分析を行うとともに,(ii) 21世紀の論文ではどのような語られ方が好まれるようになっているかを把握するために,2020年刊行の多分野論文コーパスを構築し,文体の特徴の比較を行いました.

 

 

科学論文においてどのような語られ方が好まれるかという問題は,多くの場合,その背景にある社会文化的要因と連動しています.例えば,1960年代の実証主義 (positivism)の思想が科学者集団によって目指された時代は,書き手の存在と観察対象を完全に切り離した書き方が好まれました.しかし,科学哲学のパラダイムが,社会構成主義へとシフトするにつれて,現実の多様性に配慮し,断定度を下げる書き方が好まれるようになっていきました.また,解釈に対する著者の責任を明示的に示すために,一人称 (weやI, our)の使用が顕著に増えていきました.

 

今日の発表では,こうした「科学論文の語られ方」の通時的変化を報告し,その変化の背景にある科学哲学のパラダイムシフトについてもお話させていただきました.

 

 

週末にも関わらず,たくさんの方々にご参加いただきました.ありがとうございました.

 

 

 

2021年3月20日(土)

2021年のアメリカ応用言語学会(American Association for Applied Linguistics, AAAL)は,コロナ感染対策のため,Virtual Conferenceの形式で行われました.

 

 

Yasuda, S. (2021). Voice features in academic texts: From the reader's perspective. American Association for Applied Linguistics, Virtual Conference. March 20-23, 2021. 

 

 

事前に収録した動画がon-demand形式で公開され,参加者は都合の良い時間帯に聴きたい発表の動画を閲覧することができるという形式です.

 

 

各発表者の動画画面にはコメント機能がついていて,チャット形式でQ&Aが行われます.学会終了後も数ヶ月間動画の閲覧が可能というもので,on-demandの強みを活かしたとても良い開催形態だと思いました.

 

 

初めてのVirtual Conferenceと思えないほど,いろいろなことがシステマティックに準備されていて,主催者の方々の丁寧な仕事とチームワークのおかげでこのような有意義な時間をいただくことができました.

 

 

動画の撮影にあたり,忙しい中,協力してくださった方にも本当に感謝しています.

 

 

ありがとうございました.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年3月18日(木)

 

大阪市立大学大学院文学研究科にて,英語ライティングセミナーの講師を務めさせていただきました.

 

 

 

大阪市立大学大学院文学研究科では,毎年3月に,英語ライティングセミナーを開催しているそうです. 私自身は,2018年,2019年に続いて(2020年はコロナのため中止),今回が3回目の講師担当となります.

 

 

 

今回は,学術論文というジャンルで好まれる文体・表現がこの50年間でどう変化したか,その背景にはどのような要因があったのかという通時的文体調査の結果をもとに,21世紀の学術論文のスタンダードについてお話をさせていただきました.

 

 

 

午前の部2時間,午後の部2時間という長時間にわたるセミナーでしたが,中座される方も出ず(たぶん),ずっと話を聴いてくださり,参加者の方々に感謝しています.

 

 

 

最後はいろいろな質問が出て,時間を延長してしまいました. やはり,学術論文執筆で困っている方は多いのだろうという実感です. 自分も含めてですが. 

 

 

 

「接続詞の日英での使い方の違い」,「スタイリッシュな文章の作り方/抑制の仕方などを教えてほしい」という声をいただきました. 次回,セミナーを担当する機会があるようでしたら,取り入れさせていただきたいと思います.

 

 

 

 

 

 

 

2021年3月16日(火)

研究室に所属していた修士2年生の張梓楨さんと倉橋佑輔さんの論文が,『神戸大学国際コミュニケーションセンター論集』17号に採択され,この度刊行されました.今年1月に提出した修士論文の内容を,投稿論文用に修正・加筆したものです.

 

 

 

 ・梓楨(2021)「授業外のライティング支援:書き手と読み手の対話に着目して」『神戸大学国際コミュニケーションセンター論集』17, 31-58.

 

 

倉橋佑輔(2021)「英語ライティングにおける結束性『神戸大学国際コミュニケーションセンター論集』17, 85-110.

 

 

 

修士論文提出後,投稿論文用に改めて書き直す作業は簡単なことではなかったと思います. ゆっくり休むこともできた期間であったと思いますが,二年間かけて実施した研究を多くの方に読んでもらえればという気持ちから,論文投稿を決めたとのことです. 本当によくがんばったと思います. 

 

 

業績第一号,おめでとうございます!

 

 

 

 

 

2021年2月15日(月)

研究室に所属していた修士2年生の張梓楨さんと倉橋佑輔さんが,2年間の集大成としての修士論文を提出し,口頭試問も無事に終えることができました.

 

 

梓楨さんは,「留学生を対象とした日本語ライティング支援室に関する事例研究:書き手と読み手の対話に着目して」というタイトルで,授業外の個別ライティング支援に関する研究を行いました.2020年1月から9月にかけて,本学のライティングセンター(正規授業外で提供されている個別ライティング支援.文章執筆支援に関するトレーニングを受けた大学院生がチューターを務めている)でデータ収集を行い,読み手との対話を通して書き手が育っていくプロセスを,厚い記述(thick description)により明らかにした研究です. 

 

 

倉橋佑輔さんは,「日本人英語学習者の英語ライティングに関する実態調査:結束性と評価の関係に焦点を当てて」というタイトルで,ICNALEコーパスに収容された大学生によるエッセイを対象に,文法的結束性と語彙的結束性がどのような意味資源で実現しているかを分析しました.コーパス研究では定量的分析が用いられることが多いですが,倉橋さんの研究では,特定の結束性マーカーの使用頻度をカウントするだけでなく,それがどのような文脈で使われているかを定性的なアプローチで補完している点に独創性があります. 加えて,ICNALEに収容されている東アジア諸国(台湾,韓国,中国)の大学生によるエッセイと日本人大学生のエッセイを比較し,同じ習熟度であっても国による言語的特徴の違いが見られるかを検証した点にも新規性があります.

 

 

何度も書き直しをさせる厳しい指導教員(?)のもとで,よく耐えて頑張ったと思います. 二人は,この研究成果を外部にも発信したいということで,現在,国際コミュニケーションセンター論集に投稿する論文を一生懸命書いているところです.

 

 

電子データが流行りの昨今ですが,黒革のカバーで製本すると,研究に更なる付加価値がついた感じがします.

 

 

きれいに製本して二人にプレゼントすることにしました.10年後,20年後に手に取った時,研究室のことを思い出してくれたら嬉しいですね.